「日本語って、こんなに自由だったのか!」
そう感じさせてくれる作家のひとりが、
多和田葉子(たわだ ようこ)さん
です。
彼女の作品を読むと脳の奥がくすぐられるようで、
「言葉って、こんなに冒険ができるんだ」
とワクワクしてきます。
多和田葉子さんは、単なる小説家ではありません。
世界を舞台に“言葉の実験”を繰り返す、まるで文学界のマッドサイエンティストのような存在です。
もくじ
1. 東京生まれ、ベルリン育ち(のような人生)
多和田葉子さんは1960年、東京都中野区でお生まれになりました。
早稲田大学第一文学部ロシア文学科を卒業された後、普通の作家志望であれば日本で出版社を目指すところかもしれません。
しかし多和田さんは、ドイツ語を学んでみようと思い立ち、単身でドイツへ渡られました。
そしてハンブルク大学大学院で修士課程を修了されるのですから、その行動力と探究心は並外れています。
さらに驚くのは、ドイツ語を“学ぶ”だけでなく、“書く”ようになられたことです。
つまり多和田さんは、日本語でもドイツ語でも小説を執筆される二刀流の作家なのです。
「言葉を変えると、思考の形も変わるのよ」
と語られる姿には、知的な好奇心と自由な精神があふれています。

2. 芥川賞も国際賞も受賞されたスーパー作家
多和田葉子さんが一躍注目を集めたのは、1993年の芥川賞受賞作『犬婿入り』でした。
幻想的でありながらユーモラスな作風で、タイトルからして一筋縄ではいきません。
“嫁入り”ではなく“犬婿入り”。
この発想からして、すでに只者ではありません。
その後も
『飛魂』(泉鏡花文学賞)、
『雪の練習生』(野間文芸賞)
など数々の名作を発表され、
2022年には『地球にちりばめられて』で全米図書賞(翻訳文学部門)の最終候補に残りました。
これは日本の作家としても非常に珍しい快挙であり、まさに世界文学の舞台で戦う存在と言えるでしょう。
日本語で書かれた作品が、海を越えてアメリカの読者の心を動かす――それはまるで文学のワールドカップ優勝のようなものです。
3. 作品に流れるテーマ──「言葉」「移動」「境界」
多和田葉子さんの作品の根底にあるのは、「言葉」と「移動」というテーマです。
国を越えて生きる人々、母語を失いかけた主人公、文化の間で揺れるアイデンティティ。
彼女は言語や国境の壁をあたかも遊び場のように軽やかに越えていきます。
例えば、彼女の作品『地球にちりばめられて』では、主人公が脳障害で日本語をうまく話せなくなります。
一見重いテーマですが、文章はユーモラスで、言葉が崩れていく過程を“詩的な美しさ”として描いています。
この「言葉の壊れ方」に美を見いだす感性こそ、多和田さんならではの魅力です。
4. 「難しいのに、なぜか笑ってしまう」多和田ワールド
多和田葉子さんの作品を初めて読まれた方は、「ちょっと難しいな」と感じるかもしれません。
しかし、読み進めるうちに気づくのです。
彼女の文章は難解なのではなく、自由なのだと。
名詞が勝手に動き出したり、時制が踊ったり、主人公が言葉に話しかけたり。
言葉がまるで生き物のようにページの中を駆け回るのです。
この自由さが、不思議と笑いを誘い、同時に深い思索へと導きます。
“笑いながら哲学する”――これこそが、多和田ワールドの真骨頂です。
5. 「海外に住む日本人作家」ではなく、「地球人作家」
現在、多和田葉子さんはドイツ・ベルリンを拠点に活動されています。
しかし、ご本人はあまり国籍という枠を意識しておられないようです。
インタビューでは「私は日本語作家でもあり、ドイツ語作家でもあり、地球語作家でもある」と語られています。
多和田さんの作品には、特定の国や時代に縛られない普遍性があります。
どこの国の話なのか曖昧な設定であっても、そこには現代社会のリアルが息づいているのです。
グローバル化が進む今、誰もが複数の文化を背負いながら生きています。
多和田さんは、その漂うような現代の感覚を、詩的かつ軽やかに表現されているのです。
6. 読むと「日本語ってすごい」と思える作家
多和田葉子さんの作品を読むと、日本語の面白さをあらためて感じます。
難しい文法や古風な語彙ではなく、“言葉のズレ”や“誤解”をユーモラスに描くことで、
「伝わらない」ことさえも豊かなコミュニケーションに変えてしまうのです。
その自由で柔軟な発想に、読者は思わずうなずかされます。

7. まとめ──言葉を旅する勇気をくれる人
最初は少し取っつきにくく感じても、読み進めるほどに心を奪われます。
多和田葉子さんの作品は、言葉の力というものを信じ、世界の見え方を変えてくれるからです。
私たちは毎日、日本語という便利な道具で世界を語っています。
しかし、彼女の作品を読むと、自分がどんな世界を言葉で作っているのかに気づかされます。
そして気がつくのです――
もっと自由に話していい
もっと自由に書いていい
――と。
多和田葉子さんは、まさに「言葉のパスポート」を私たちに手渡してくれる作家です。